誰のための確認書類
法人でかけてもらってるある傷害保険の請求。
お客さんから取り付けるのは?・・・
保険金請求書・・・ケガした本人さん(法人の従業員)に書いてもらうカ所の2カ所は、保険会社が治療でかかった医療機関に確認照会する際の、もう一カ所は個人情報取得のための同意書を兼ねています。
フツーならここまでですが・・・・
後から言って来ました
さらに・・・
またぞろ同意書!
この契約では入通院の給付金はまず契約者である法人に支払われ、後に本人さんに渡ることになるのですが、その法人への支払いの同意書がケガ本人さんから取り付けてくれと。
しかしまってください
おかしいですよね?
保険料を払っているのは法人ですよ。
加入の際に従業員に通達することは要ると思いますが、保険金が契約者である法人に振り込まれることの同意がなんで必要なんでしょう?
さらに
従業員であることを証明するために従業員名簿も出せと。
しかしどこでもそんな完備してるとはかぎりません。
今回は連絡網をコピーしてもらい代用OK。
次から次に書類を要求する。
これはマニュアルにこんな場合はこれを出せと明記されているのではありません。
ケース・バイ・ケースで変わって来るんです。
しかしこんな案配では代理店も混乱するし、一度提出しても不足書類でまた取り直しが出てきます。そしてそれだけ保険金支払いが遅くなるんです。
私どもが登録の保険会社はつい先日保険支払いの遅延でおかみから行政指導をくらったばかり。
いいんですかね?
ちなみにこの種の確認書類は、もめたときの単なる言い逃れのアイテムに過ぎない気がしています。
お客様ではなく自分たちの為の書類という
この業界はなかなか簡単には体質が変わりません。
今日もクロちゃん
夜投げ惨敗〜しかるにリベンジ
土曜の夜から例によって大島出撃
大島西岸北のN漁港
同島某所の知人はなんと4枚のコロ
こっちは・・・・

29cmのお子様コロ・・・・・
そのうち・・・
明け方前に雨がパラパラと・・・
予報通りと言えばそのとおりだが・・・
車に乗った途端に気合いの入った大降り!
長崎に着くまで延々と間断なく降るわ降るわ
しかし・・
一晩投げてベビーなコロダイ一尾だけ
腹の虫がおさまらない!

というわけで夕方5時前には近場のS見港近くの亀岩におりました。
(亀岩と言っても解る人ほとんどいないと思いますが)
大潮満潮が近く、しかもなかなかの時化
来そうな雰囲気満々の岩場
足下横の深みのさらしに撒き餌をうちひたすら際狙い
しかしくるのは中型の草河豚ばっか・・・
糸は切られる、針も切られる
開始後2時間後くらいにウキが沈んで底で横走り
キタ――――(゜(∀゜(゜∀゜
しかし合わせをいれるとあんまし重くない
でもそれなりに引くのでお魚さんの機嫌取りながら足下に寄せてからぶりあげてみると

33cmのクロ
満足できるサイズちゃいますが良しとしましょ
こいつのお陰で前夜の溜飲下がりました。
さて次回は・・・・・・・
クロ自己タイ
夕方から近場の地磯に出かけました。
6時半くらいから2〜3時間くらいの短時間勝負。
磯に出るとご機嫌なうねり
来そうな気配・・・・

開始約1時間後にきました。
クロ(=メジナ=グレ)47cm
自己タイでした。
邦人作品の隆盛に思ふ
最近の吹奏楽のレパートリーで目立つのが邦人作品。
一昔前の編曲物全盛期を思うと喜ばしい状況でしょうか。
私自身随分以前から同国人のオリジナル作品に対する思いはひとしおの感を抱いておりました。
しかし・・・
今のように乱立気味に多くの作品が聴けるようになると少々ネガティブな感を抱かざるを得ないところもあります。
要するに中には???としか感じれない楽曲も多々・・・
全編分厚いオーケストレーションで貫かれ楽器の音色感をいかしきれていない
意味不明な転調(意外性とは異質のもの)
場当たり的(or思いつき的)な展開(動機を有機的に使っていない)
最後はお涙頂戴的な超メロディックな展開
無駄なほどしつこい用語指示(しかも母国語を使わずに)
盛り込まれた要素が多すぎる
(結果的に全体の有機的な関連性が希薄に)
そこでベテランの、例えば保科洋さん、兼田敏さん、はたまた大栗裕さん、現代の人だと真島俊夫さんや北爪道夫さん等々の楽曲に目を向けるとさすがです。登場する各動機は全体の中で必要不可欠な慎重な展開をしますし、各部分のオーケストレーションも重ねた吟味の上で実に慎重に施されています。その後名を残している方の楽曲はスコアも読み応えがあります。
例えば兼田敏さんの名作「吹奏楽の為のパッサカリア」
「もう古い」の一言では片づけられませんよ。
あらためてスコアをひろげてみると唸らされます。
細かくは触れませんが、各部分に適当なカ所など皆無で、それどころか練達のテクニックが冴え渡った構成に脱帽します。
昨今活躍の若手の作品でこれほどの濃厚な内容を有した曲がいったいどれほど存在するでしょうか?
しかも中学生くらいでも十分に演奏可能な平易な演奏技術で書かれているのですから、これこそプロの仕事としか言いようがありません。
もちろんこれから10年、20年と経っていく時間の経過の中で多くが淘汰され真の才能が残っていくのでしょう。
多くの新しい作品に目を向けることは我々演奏の現場に携わる者の重要な責務だと思っていますが、一方で作品の内容を見極める“目”も問われると言えましょう。










